一校一国運動の財産とするべきものは大切にしたい
6月29日の信濃毎日新聞に、長野五輪・パラリンピックで一校一国運動を提唱された小出博治さんがご逝去された記事とともに、三本柳小の一校一国運動のことも載っていました。一校一国運動が始まった当時、会議に出席していた三本柳小の校長先生は、なじみの薄いボスニアヘルツェゴビナが相手国と決まった時に、学校へ帰って先生たちに何と説明しようか悩まれたとお聞きしています。しかし、三本柳小の千葉先生をはじめとする先生たちが子どもたちと取り組んだボスニアヘルツェゴビナへの支援と学習が、地雷撤去の活動とつながり、現在の三本柳小とルワンダとの交流に結びついた経過があります。長野五輪・パラリンピックでは、ホワイトスノー作戦など現在の課題につながることも起きましたが、平和と人権に関わる財産は大事にしていきたいと思いました。
「インクルーシブ」という概念について
『学びの本質を解きほぐす』(池田賢市著 新泉社)を読んでいたら、「インクルーシブ教育とは、障害の有無ばかりでなく、性別や国籍、成績の良し悪し、また家庭の経済状態など……どんな子どもでも排除されることがなく、ともにいることができる教育のあり方を指す言葉である。」とあり、フランスの例を紹介していました。日本では、国連の障害者権利条約からインクルーシブの概念が広がったと思いますが、知らない話でした。
NHKスペシャル「子どもの学びは守れるか」再放送が今晩(4月27日)あります
午前0:25からなので録画がいいかもしれません。
大阪の公立中学校で、多様な背景をかかえた子どもたちが、先生たちだけでなく、同級生や地域の人たちに支えられながら、学びを獲得していく姿がえがかれていました。制服への違和感から不登校になっていた生徒が、自分自身を語れるって目指す学校の姿だとと思ったり、不利な環境の下で頑張っている子に地域の支援がはいっているところもすごいと思いながら見ました。厳しさと豊かさを感じる番組でした。こうした実践のレポートが、今年の全国人権・同教育研究大会(新潟大会)に集まってくるはずですが…開催できるといいのですが。
「ヤングケアラー」への教職員の意識について
厚労省の調査発表を受けて、4月13日、14日と、「ヤングケアラー」についての報道が続きました。朝日新聞に第一面に「家族の世話を担う子中高生の20人に1人」の見出しで載っていました。「あけぼの 活用の手引」に掲載されている高齢者の人権を扱った教材の留意点には、十分ではありませんが次の記述を入れてみました。「自分を『ヤングケアラー』と認識している生徒もいるだろう。ケアの対象者は、きょうだい、母親の順に多く、祖父母は少ないとされているが、自分の経験と重ねながら考える生徒の存在を意識したい。」現場では、すぐに支援が必要な場合もあるかもしれません。外川正明さんの『教育事始』の冒頭にあったランドセルの言葉を思い出しました。「40人の子どもは、同じ教科書だけをランドセルに詰めてきているんじゃない。それぞれ40の生活を詰め込んで、それを背負って学校に来ているんや…」